特集:なんまつ今と昔 始まりは軍需工場の建設だった

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なんまつ今と昔 始まりは軍需工場の建設だった

≪南松本地域の始まり≫
日本ステンレス松本工場(昭和14~23年)の建設により、従業員や家族のために多くの寮や社宅が建設されました。
その後、工場の資材の輸送や従業員の通勤のために、南松本駅が昭和19年に開業。東京石川島芝浦タービン松本工場への引き込み線が設置されました。こらが南松本地域のはじまりです。

 

≪工場などの進出≫
昭和27年5月、松本市の招きによって作られた、新聞巻き取り紙製造工場の「松本製紙株式会社」が設立されました。
昭和28年12月には農業協同組合の関係者によっ
て酪農による特殊企業として、「協同乳業株式会社」
が設立されした。

協同乳業松本工場(昭和50年代当時)

昭和50年代当時の工場の全景、今はないが当時の街の様子がうかがえます。
昭和50年代当時の工場の全景、今はないが当時の街の様子がうかがえます。

≪南松本(一丁目・二丁目)の発足≫
昭和23年、日本ステンレス松本工場の閉鎖によって、南松本町会(後の南松本一丁目町会)が発足しました。
そして、昭和29年には南松本町会より分町し、
南松本二丁目町会が発足しました。

 

松本市営競輪場(昭和24年9月竣工)

今で知る人も少なくなりましたが、現在の開明小学校の位置に競輪場がありました。
今で知る人も少なくなりましたが、現在の開明小学校の位置に競輪場がありました。

 

松本バイパス

平田から新橋に至る全長6.1kmの国道19号バイパスが昭和33年6月に着工、昭和38年9月に開通しました。

総事業費は約6億円でした。

 

国道19号バイパス(昭和46年)
平成27年11月